寺院散策・寺院散歩・寺院探訪
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文京区白山4−35−18
「忠直卿行状来」 菊池寛が小石川二丁目(旧中富坂)時代の作。大正七年に発表されて寛は有名になった。
忠直の父は、徳川家康の次男秀康である。関ヶ原の戦いの後、越前北庄(福井)六十七
万石に加増された。忠直は秀康の長男として生まれた。
大阪の陣 冬の陣で忠直は一番乗りをあせったあまり、進撃命令が出ないのに攻撃を開始し軍令違
反となった。夏の陣では前年の失敗にこりて慎重に行動したが、夜のうちに行動をおこ
し抜け駆けの一番乗りをした。
忠直卿狂乱 通説では恩賞の不満が原因で酒色にふけり乱行が多くなった。幕府側が狂乱説を流した
とも。豊後の萩原(大分市)に流された。三年後津守(大分市)へ。忠直は出家して二
十七間平穏な生活を送って慶安三年(1650)五十六歳で没した。配流がきまって長
男光長は北庄藩士、叔父の忠昌と入れ代わって高田二十万石となる。大分市の浄土寺が
本墓。白山は供養墓。
文京ふるさと歴史館