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TOKYO TEMPLE GUIDE・東京寺院ガイド・江東区・雲光院
雲光院(うんこういん)

浄土宗

江東区三好2−17−14

石造宝篋印塔(阿茶局墓塔)
せきぞうほうきょういんとう(あちゃのつぼね)
江東区指定有形文化財・建造物
庄司甚右衛門墓・吉原の創設者
雲光院(うんこういん)

 慶長十六年(1611)阿茶局が神田馬喰町に創建した菩提寺で、明暦三年(1657)の大火で焼失
後、岩井町を経て、天和二年(1682)に現在の地に移転しました。

 本塔は雲光院の開祖である阿茶局の墓塔として建てられた
ものです。宝篋印塔とは内部に「宝篋印陀羅尼」を納めるこ
とに由来する塔婆の一形式ですが、墓塔・供養塔としても建
てられるようになりました。
 阿茶局は弘冶元年(1555)、武田家の家臣飯田氏の子
として生まれ、今川家の家臣神尾忠重の妻となりましたが、
忠重の死後、徳川家康の側室となりました。大坂冬の陣には
和睦の死者をつとめ、家康死後は徳川秀忠の五女和子の入内
に際し、母代として在京しました。元和九年(1623)、
従一位に叙せられ、秀忠の死後は尼となり雲光院と称し、寛
永十四年(1637)、八十三歳で没しました。
 本塔は総高363.1cm、石質は安山岩です。塔身正面には「
雲光院伝従一位尼公」、左右側面には阿弥陀三尊の種子が刻まれています。また、上基礎の正面には「正誉周栄大姉 寛永
十四年 正月廿日と刻銘があります。
 本塔は近世前期の宝篋印塔のよく示し、江戸幕府成立に深
く関わった人物の墓塔としても意義深く、貴重な石塔といえ
ます。