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浄土宗・法禅寺

品川区北品川2-2-14
法禅寺板碑

 板碑は、鎌倉時代から戦国時代にかけて作られた石造の供養塔で、関東を中心に広く分布している、石材
は関東では主として秩父産の緑泥片岩(青石)が使われている。当寺の板碑は品川御殿山から出土したもの
の一部で、破片を含めて総数百二十一基がある。最も古いは徳治三年(1308)、最も新しいは延徳二年
(1490)の銘が確認される。これらは幕末の品川台場の築造の折りに、御殿山の土取場から法篋印塔・
五輪塔とともに出土したもので、遺墳碑はその時の由来を記している。
 一カ所からこれほど大量に出土して保管されている例は、大田区の鵜ノ木光明院とともに珍しく大変貴重
である。

 法禅寺板碑のうち、宝徳四年(1452)銘の阿弥陀三尊種子を刻んだ板碑を品川区立品川歴史館で常設
展示しています。

本  堂
流民叢塚碑(るみんそうづかひ)

 この碑は、天保の大飢饉でなくなった人たちを祀る供養塔である。天保四年(1833)に始まった天候不順
はその後数年におよび、多数の餓死者をだした。品川宿には、農村などから流浪してくる者が多く、この付近で
病や飢餓でたおれる人が八百九十一人を数えるに至った。これらの死者は、法禅寺と海蔵寺葬られた。本寺には
五百余人が埋葬されたという。
 初めは円墳状の塚で、この塚の上に、明治四年(1871)に造立の流民叢塚碑が建てられいた。昭和九年
(1934)に境内が整備された折、同じ場所にコンクリート製の納骨堂が建てられ、上にこの碑が置かれた。
 碑の正面には、当時の惨状が刻まれており、天保の飢饉の悲惨さを伝えるとともに、名もない庶民の存在を
伝えている。

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