斉藤家は美濃国の出身といわれ、家康入府の時から江戸神田に住んで、雉子町の草分け名主として六ヶ町
を支配した。また、神田果物市場を監督して野菜上納のことを掌っていた。代々市左衛門と称した。
斉藤長秋(幸雄)とその子縣麻呂(幸孝)その孫月岑(幸成)は、三代にわたって、江戸の地誌を調べ、
「江戸名所図会」を完成させた。
「江戸名所図会」は七巻二十冊は、江戸の風俗・行事・名所等を、絵入りで解説したもので、前編が天保五
(1834)年に、後編が同七年に出版され、挿絵は長谷川雪旦・雪堤父子の手による。文・絵ともに実地
踏査に基づいており、江戸の都市景観を知る上で貴重な史料である。
月岑は江戸年中行事を「東都歳時記」、江戸関係事項を「武江年表」と題し、出版した。いずれも江戸
研究者必読の書である。