| 護国院(ごこくいん)
護国院は、天海の弟子生順が、釈迦堂の別当寺として、現在の東京国立博物館の
右手裏に開創した。永応二年(1653)・延宝八年(1680)に寺地を西方へ
移転し、さらに、宝永六年(1709)現在地に移った。延宝八年・宝永六年の移
転は、それぞれ四代将軍家綱霊廟・五代将軍綱吉霊廟の建立にともなうものである。
また、昭和二年、第二東京市立中学校(現、都立上野高校)建設にともない、本
堂を現在の位置に移した。
現存する本堂は釈迦堂とも呼ばれ、享保七年(1722)三月の再建。間口七間
(18・2メートル)、奥行五間(13・6メートル)唐様の建築で、中央奥の須
弥壇に本尊釈迦三尊坐像を安置する。また、大黒天画像は三代将軍家光から贈られ
たものと伝え、谷中七福神のひとつとして信仰をあつめている。
庫裡の一階部分は、昭和二年の新築。東京美術学校(現、東京藝術大学美術学部)
教授岡田信一郎の設計で、各間取りは機能てきに配置されている。昭和初期の住宅
建築の風潮を良く伝えており、平成十三年、国登録有形文化財に指定された。
岡田は、東京美術学校・早稲田大学で設計教育に携わるかたわら、旧鳩山一郎邸
(大正十三年竣工)・歌舞伎座(同年竣工)等を手がけ、和風建築の設計に手腕を
発揮した人物である。
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