TOKYO TEMPLE GUIDE 東京寺院ガイド・台東区・寛永寺

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寛永寺(かんえいじ)

台東区上野桜木1−14−11

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縁起

東叡山 寛永寺

 元和八年(1622)徳川幕府二代将軍秀忠が、上野の地を天台宗の僧天海に寄進したことから、
寛永寺の歴史は始まります。本坊は寛永二年(1625)に竣工。根本中堂の完成は元禄十一年(
1698)のことです。江戸末期までの寛永寺は、いまの上野公園をはじめ、その周辺にも堂塔伽藍
や子院が立ち並ぶ文字通りの巨利であり、徳川将軍家ゆかりの寺にふさわしい偉容を誇っていました。
 明治維新の際の上野戦争で大半が炎上し、その後明治政府の命令で境内も大幅に縮小され(約三万
坪、江戸時代の十分の一ほど)現在に至っています。

寛永寺本堂

旧本堂(根本中堂)は現在の東京国立博物館の
噴水池あたりにあったが、慶応四年(1868)
彰義隊の兵火で焼失した。そのため明治九年
(1876)から12年かけて、埼玉県川越市
の喜多院の本地堂が移築され、寛永寺の本堂と
成ったのである。寛永十五年(1638)の建
造といわれる。
 間口・奥行ともに七間(十七・四メートル)。
前面に三間の向拝(こうはい)と五段の木階、
背面には一間の向拝がある。周囲には勾欄付廻
縁をめぐらしており、背面の廻縁には木階を設
けて、基壇面に降りるようになっている。桟唐
戸(さんからど)(正面中央など)蔀戸(しと
みど)(正面左右など)、板壁などすべて素木
のままである。
屋根は入母屋造、本瓦葦、二重垂木とし、細部
の様式は和式は和様を主とする。
 内部は、内陣が土間で、外陣と同じ高さの須
弥壇が設けられている。須弥壇の上に本尊その
他の仏像を安置する。内陣を土間とする構造は
中道造りと呼ばれ、天台宗独特のものである。
現在は板の床が張られ、内外陣ともにすべて
畳敷になっている。

徳川綱吉霊廟勅額門

徳川家綱霊廟勅額門

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